台湾の知的財産及び商事裁判所は、今年(2021年)8月、その110年度行専訴字第3号判決で人工知能システムが特許の発明者になれないという知的財産局の決定を維持した。

当裁判所の論理は下記のとおりである。

  • 台湾の専利法自体は人工知能システムが特許の発明者になれないと明文規定していないが、いくつかの重要な付属規則からこの結論を導くことができる。台湾の「専利審査基準」も発明者が自然人でなければならないと明文規定している。
  • 「専利法施行細則」は特許出願時、発明者の氏名や国籍を出願書類に記載しなければならないと規定している。この規定の目的は発明者の人格権の保護にあり、人格権の保護は保護されるものが人であることを前提としている。
  • 発明者は、知的な創作を通して発明を完成し、知的な創作は人間のみにより想到されるものである。また、人間の知的活動の成果の促進・保護が特許制度の目的であることも広く認められる事実である。
  • 人工知能は自然人でなく、法人でもない。人工知能は「物」である。物は権利者とはならない。

別に驚くほどのことではないが、この紛争の対象となっている人工知能は、あのイマジネーション・エンジンズ社(Imagination Engines, Inc.)のCEOであるスティーブン・タラー博士(Dr. Stephen Thaler)が主宰したチームにより開発されて有名になったダバス(DABUS、Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience) である。タラー博士は、欧州出願(出願番号:18275174.3)を親出願として、このような人工知能を発明者とする発明を各国に出願し、南アフリカとオーストラリアの裁判所に、人工知能が発明者になれることを説得することに成功している。

上記の知的財産及び商事裁判所の判決の起因となっている2019年11月の台湾における特許出願(出願番号:TW108140133)は、方式審査をクリアできなかったため公開されていないが、その発明の名称「Devices and Methods for Attracting Enhanced Attention」から、それが上記の欧州出願に対応する台湾出願であることが分かる。

他の国における出願と同様に、この台湾出願では、タラー博士が出願人とされ、ダバスが唯一の発明者とされている。そして、タラー博士は、ダバスが人工知能であり、且つダバスが自主的にその発明をなしたことを如実に特許審査官に伝えたが、発明者としての適格性の問題を意識した特許審査官は即座にこの出願を不受理とした。タラー博士はこの結果に不服を申立て、事件が知的財産及び商事裁判所に辿り着いたが、台湾の裁判所はそれまでに人工知能の発明者としての適格性に関する問題に取り組んだことがなかった。

現時点で、タラー博士が上記の知的財産及び商事裁判所の判決について最高行政裁判所(最終審)に上告したかどうかは不明である。

台湾を含む大陸法の国々で、「人」という用語の定義は明白である。法律が明示的、又は暗示的に許す以上、「人」が自然人を意味するのはもちろんのこと、法人を意味する可能性もある。この二種類の「人」を除き、いかなる類型の「人」も台湾の法律には存在していない。この為、たとえ理論的に人工知能が「チューリング・テスト」(Turing test。判定者が交信相手が人間か機械かを判定するためのテスト。判定者が機械が機械であることを判定できなければ、機械はテストをパスする)をパスできたとしても、この人工知能が台湾で特許の発明者となることは困難であろう。

もう一つの興味深いポイントは、上記のとおり、専利法で発明者は自然人でなければならず、法人は発明者になれないが、台湾の著作権法では法人が著作者になることができるということである。これについて、台湾の知的財産権制度に整合性がないとする論者がいる。そして、タラー博士の代理人弁護士は、この整合性のなさを指摘し、「著作権法では、自然人でない創作者が著作者になれるのに、何故専利法では自然人でない創作者が発明者になれないのか」という問いをかけた。しかし、たとえこの問いが整合性のなさを正しく指摘しているとしても、せいぜい「たとえ法人が発明者になれることを認めたとしても、人工知能は法人ではない」という結論にしか到達できないためか、知的財産及び商事裁判所はこの問いへの回答を避けた。

また、知的財産及び商事裁判所の裁判官は、タラー博士がオーストラリアで得た勝利を考慮に入れていない。そもそも、オーストラリアの裁判所の判決が7月30日に下されたのに対し、知的財産及び商事裁判所における口頭弁論は7月29日に終了しており、その後の新たな証拠の提出は禁じられていた。また、たとえオーストラリアの裁判所の判決が知的財産及び商事裁判所の考慮に入れられる機会があったとしても、オーストラリアの裁判所の判決理由は、台湾の法制度に合致しないかもしれない。

というのは、オーストラリアの裁判所の判決理由のように、英語では発明者を「invent-or」と書き、必ずしも人間のみに用いられない動作主名詞であると拡大解釈をする余地がある。しかし、台湾の専利法では発明者を「発明人」と書き、「人」という字が明記されている。この為、機械も含むように拡大解釈をする余地はないであろう。

本件の知的財産及び商事裁判所の判決を読んだ後、タラー博士がダバスが人工知能であることを如実に特許審査官に伝えたという正々堂々と勝負する態度と誠実さを称える意見もあるだろう。そもそも、台湾の特許出願において、知的財産局が求める発明者の情報は「国籍」「氏名」「氏名の中訳」のみで、それ以上の情報開示は不要であり、発明者が発行した譲渡証書や発明者の身分証明書を提出する必要もない。また、発明者たる資格があるかどうか、及び出願人に特許出願する権利があるかどうかといった論点は、無効審判が請求されるまで実体審査を受けない上に、別の知的財産及び商事裁判所の民事判決(109年度民専訴字第20号)が示すように、真の特許出願権を有する者に限り「出願人に特許出願する権利がない」との旨を争う無効審判を提起することができるとされている。つまり、特許出願の場合、出願人が意図的に発明者が人工知能であることを隠せば、審査官が発明者が人工知能であることに気付かない可能性があり、その人工知能が人間の氏名のような名称を有する場合はなおさら容易にそのように思い込ませることができるだろう。

一方、人工知能により生み出される発明が現れる前から、国籍なき発明者は審査官に警戒心を抱かせるものであった。にもかかわらず、当該台湾出願で、ダバスは国籍なしと記載されている。ここでは、人工知能が船舶のように国籍を持つようになることが可能かどうかという問題が生じる。だが、人工知能が船舶のように国籍を持つようになることが可能かどうかを問わず、出願人の国籍又は人工知能(機械)の所有者の国籍を人工知能の国籍として出願書類に記載すれば、審査官は容易に気付くことができないであろう。いずれにしても、人工知能であることや国籍のないことを隠すことが可能でありながら、タラー博士がダバスのそれらの事実を明らかにしたことから考えると、人工知能が発明者になれることを当局に認めさせるために、タラー博士は特許出願の正道を行ったものと思わざるを得ない。

本件の判決は、人工知能の発明者としての適格性を否定したが、その裁判で取り上げられた問題点は、特許制度の基盤にかかわるものであった。これらの問題点に対し解答を試みることは、特許とは何か、特許が何を保護するためのものかを再考する機会を与えてくれると言えるだろう。

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